技の使い手とエピソード
ルー・テーズによって日本にもたらされたバックドロップは、日本プロレスの開祖・力道山を含む日本の強豪レスラー達を次々に沈めた技として、強い衝撃を人々にもたらした。それは後年、日本において多くの名手を生み出す要因となっている。
アントニオ猪木も現役時代、延髄斬りを開発する前は卍固めと共にフィニッシュに用いていた。ウィレム・ルスカとの異種格闘技戦において放ったバックドロップ3連発のシーンは、長くワールドプロレスリング中継のオープニングを飾る1シーンとして使用されていた。一方、そのライバルであったジャイアント馬場は、己の長身でこの技を繰り出すことが非常に危険であることを自ら察知し、自らの肩越しに相手をスライドさせるようなドリー・ファンク・ジュニア式の抱え式バックドロップを使っていた。
ジャンボ鶴田は、コーチとして来日したルー・テーズに直接教えを受けたことでバックドロップを必殺技として蘇らせた。
後藤達俊の出したバックドロップを喰らった対戦相手の馳浩が、試合後に一時心臓停止したことがある。
死亡例としては2009年6月13日三沢光晴が齋藤彰俊のバックドロップを受けてまもなく亡くなっている。
概要
相手にバックドロップを見舞った後、ブリッジを崩さずに維持しつつクラッチを解かずにピンフォールを狙うもの。「岩石落とし固め」とも呼ばれる。
開発者はジャンボ鶴田。1984年2月23日、時のAWA世界ヘビー級王者ニック・ボックウィンクルに挑戦した鶴田がフィニッシュ・ホールドとして出したのが最初。形としてはヘソ投げ式で繰り出した。鶴田はこの技で最初の日本人AWA世界ヘビー級王者となっている。
なおブリッジが崩れた場合は、そのまま倒れこみ式バックドロップ・ホールド(後述)に切り替えてフォールを狙う場合がある。
このタイプの代表的な使い手は鶴田の他には永田裕志、諏訪魔がいる。
派生技
<ヴィクトリア・ミラネーゼ>
ミラノコレクションA.T.が使う変型バックドロップ・ホールド。背後から自分の頭を相手の右脇に入れたバックドロップの体勢から、自らの左腕で相手左足の膝裏を掬うように抱え、右腕は相手右脇腹を抱えるように自分の左腕とクラッチ。そのまま背後へ投げ固める。元はバックドロップ・クラッチ・ホールドと呼ばれていた。
<アストロマン・ドロップ・ホールド>
渡辺智子の使うクロスアーム式の変形バックドロップ・ホールド。
<レッグロック・スープレックス>
ブライアン・ダニエルソンが使う変型バックドロップ・ホールド。頭を背後から相手の右脇に入れたバックドロップの体勢から、自らの右腕で相手右足の膝裏を抱え、左腕は相手の左肩上から回して相手を屈伸させるように両腕をクラッチ。そのまま反り投げてフォールする。WWEのウィリアム・リーガルに直接伝授された。名前はスープレックスとなっているが、形はバックドロップの派生。
<村正>
丸藤正道のオリジナル技。抱え式バックドロップのあと、即座にジャックナイフ式エビ固めに固める。