来歴
ボリス・マレンコのマレンコ道場でトレーニングを受け、1990年にライトニング・キッド(The Ligntning Kid)のリングネームでディーン・マレンコを相手にデビュー。インディー団体を転戦し、地元ミネソタのPWAではジェリー・リンと抗争した。1991年11月、ユニバーサル・プロレスリングに初来日。メキシコのルチャリブレを主体とした同団体の中で、場外の相手へトップロープ上からダイビング・ニールキックを放つなどの独自性の高いスタイルで話題を呼んだ。
1993年にWWFに入団、レイザー・ラモンから3カウントを奪って勝利したのを機に1-2-3キッドに改名。しかし当時の役割はジョバーであることがほとんどであった。
1996年にWCWに移籍。nWoに加入しリングネームをシックスに改める(シックスというリングネームはnWo6人目のメンバーであることに由来する説、前リングネームの1-2-3を足した、あるいは掛けた数に由来する説がある)。軽量級戦線で活動するが負傷で欠場し、エリック・ビショフに解雇されてしまう。
1998年にWWFに復帰。リングネームをXパックとし、トリプルH率いる第2次DXに加入。1999年にトリプルHが脱退しビンス・マクマホン率いるコーポレート入りしたため、実質的にリーダーとなる。その後、ケインとタッグチームを結成し、それまで心を持たない破壊マシーンだったケインの人間性を取り戻させるという友情ストーリーが展開されたが、ケインの初恋相手トーリを略奪し裏切るという愛憎劇に発展した。2000年に負傷し長期欠場に入るが2001年に復帰しアルバート、ジャスティン・クレディブルと共にXファクターを結成。しかし再び負傷欠場に入りユニットは消滅。2002年にWWFで再結成されたnWoの新メンバーとして復帰。しかしブックを拒否したために同年に解雇される。ちなみに当時彼が所持していたWWFライトヘビー級王座はWCWの買収でWWF管理下になったWCWクルーザー級王座がWWEクルーザー級王座に改称されたことで消滅、最後のWWFライトヘビー級王座となった。
その後、権利の関係でリングネームをシックス・パックに改名しTNAと契約。しかしライターであるビンス・ルッソと対立し退団。以降はパック(''Pac'')やXのリングネームでインディー団体を転戦、この間プライベートで婚約していた元チャイナことジョーニー・ローラーに付き添い新日本プロレスに登場、蝶野正洋と抗争になるかと思われたがその後婚約を解消したため結局はお蔵入り。2004年にルッソがTNAを退団したため2005年にTNAに復帰。
現在はTNAを離れ、AAAやNWAに参戦している。
クリックの一員であり、ショーン・マイケルズ、トリプルH、スコット・ホール、ケビン・ナッシュとは団体を離れた後も親友の間柄にある。
獲得タイトル
<WWF/WWE>
・WCWクルーザー級王座 : 1回
・WWFヨーロピアン王座 : 2回
・WWF・ライトヘビー級王座 : 2回
・WWE・世界タッグチーム王座 : 4回(w / マーティ・ジャネッティ、ハードコア・ホーリー、ケイン×2)
<WCW>
・WCWクルーザー級王座 : 1回
<TNA>
・TNA Xディヴィジョン王座 : 1回
入場曲
・Make Some Noise
・What'chu Lookin' At(Uncle Cracker)